比較サイト > 癒しの館 > レイキセミナー体験談6 |
| レイキ体験談−健康維持と病気の軽減、美容のために−その4 (O・Mさん/ 一級建築士・職業訓練校講師) ■教え子のレイキヒーリングで肝機能が回復に向かった 私がレイキの効果を身を持って感じたのは、まだセミナーを受ける前のことです。思いがけず、病院の六人部屋(病室)でレイキを初体験することになりました。元々肝臓が弱く、慢性肝炎(C型肝炎)を抱えてたんですが、一年ほど前、過労が重なったせいか、健康診断で肝臓の機能が急激に悪化していることがわかりました。肝臓の機能は、GPTという、体内の酵素の量で正常か異常かを調べるんです。GPTが多いほど悪く、普通は六〇で要注意のところ、私の場合五六〇もあった。「これは大変だ」と大騒ぎになり、緊急入院となりました。症状としては、腰がものすごく痛い、全身がだるいという程度でしたが、薬(インターフェロン)の使用を拒否したところ、医師から『絶対安静』を言い渡され、病院内の移動用に車椅子まであてがわれてしまったんです。数日前まで普通に働いていたのが、ベッドに釘付け、しかも車椅子生活ですから当然気が滅入ります。そんなある日、病院に教え子のMさん(五一歳、主婦)が見舞いに訪れ、「レイキを習ってきたので、ヒーリングをさせてほしい」と申し出て下さいました。 レイキの存在は知っていましたから、何の抵抗もなく、むしろ「お願いします」と、横たわったままで12ポジションのヒーリングを受けました。ものすごく楽になったのでお礼を言ったところ、ありがたいことにMさんは、「明日からは遠隔で送ります」と仰って下さったんです。 ■レイキの創始者臼井ミカオ氏のエネルギーとつながった! その後の経過はいたって順調でした。GPTの値は普通、安静にしていても、上がったり下がったりが激しいらしいんです。それが私の場合、五六〇から、一ヵ月後には二桁台、四〇日目には八四と一直線に下がり、四二日目に退院の運びとなりました。あとで、Mさんが、この間毎日欠かさず、自宅からレイキを送ってくれていたと知り感激しました。確証はありませんが、私はレイキが回復の原動力になったと思っています。退院して一ヵ月後、恩人ともいえるMさんの勧めで、晴れてレイキセミナーに出向きました。三日間で一番印象に残っているのは、最後の日に全員で、「過去の人物を呼び出す」ワークとして、臼井ミカオ先生のエネルギーとチャンネルを合わせたことです。 名前を紙に書いて三回ずつ唱え、第三、第二、第一とシンボルを空中に描くんですが、意識を集中していたところ、頭の、額から上の部分が鍋のフタを取るようにパカッと開いたかと思うと、そこから光の束がパーッと全方向に注ぎ出て行ったんです。 あまりに強烈すぎるイメージに、一瞬何が起きたのか???−と、声も出せず、結局質問もできなかったんですが、あとで、高次的(宇宙的)な知性とつながったことをあらわしているんだなと理解しました。 ■ヒーリング能力が少しずつ高まってきた その後も二か月に一度定期検診を受けていますが、12ポジションを寝る前に毎日欠かさず続けたせいか、半年後にはGPTがほぼ正常値になりました。それでもまだ、ちょっとセルフケアをさぼると調子が落ちてくるので、手抜きはできません。ただ、毎日実践していると自然と癒しの力もついてくるようです。セミナーを終えた直後に家内の頭痛を取り去ろうとしたときには全然効かなかったのが、今は、調子の悪い箇所に手をあててあげると、すぐに回復するようになりました。忙しく、また固い職場なので、家族以外の人にレイキを施す機会は中々取れませんが、いずれ状況が整えば、私がMさんにお世話になったように、苦しんでいる人たちに無報酬でヒーリングをしてあげたいと考えています。 レイキ体験談−健康維持と病気の軽減、美容のために−その5 (Y・Hさん/ 会社員) ■六百キロの距離をものともせず、レイキ会場へ よく「偶然は必然であって偶然ではない」といいますが、私とレイキとの出会いは正にそれでした。元々体に触れないで治す気功治療や心霊治療、手当て療法などに関心を持っていて、「あんなことが自分にもできたらいいな」と思っていたのが、あれよあれよという間に実現してしまったんですから。 一番大きなきっかけは、仲のよい姉が子宮ガンと診断されたことでした。第3期から4期にさしかかるところで「場合によっては手術も難しい」という危険な状態。即座に入院し、放射線療法を受けることになってしまったんです。連絡を貰い、すぐにかけつけようと思ったんですが、姉の病院は私の住居から一〇〇キロ以上も離れていて、週末に見舞いにいくのがやっと。「何かしなければ、でもどうしたら…」と、いても立ってもいられなくなり、読みかけの本(保坂先生の『誰でもできる霊気ヒーリング』)のページを慌ててめくって連絡。姉が入院したその日にレイキセミナーへの参加を決めました。 ■レイキの力を目で確認できた 日程の関係で東京で受けることになり航空機でセミナー会場へ。焦ってかけつけたような状態でしたが、ティーチャーの方の優しいリードのお陰で、当日は一日中落ちついた気持ちでレイキを受けることができました。足指のビリビリするような感じや、手の甲の温かさを感じ、アチューンメントの最中はずっと、瞼の裏で、薄紫色の雲のようなものがうごめくのが見えていました。 その他良かったのが、アチューンメント前後の、手の平のキルリアン写真を撮っていただけたことです(二枚で○千円)。二枚の写真を比べてみると、明らかにアチューンメントの後のほうが、全体的に明るく、指先から光が出ていることがわかりました。レイキの力を視覚的にも確認することができました。 ■子宮ガンが治るよう、遠隔ヒーリングを毎日実践 高知へ戻った翌日から、姉への遠隔ヒーリングの実践開始です。本当は一度でも実際に手を当ててあげればよかったんですが、怖がりな姉の性格に配慮して、遠隔に徹することにしました。最初に姉の名前を三回唱え、第4、第3、第1の順序でシンボルとマントラを操作し、それから自分の体を通して12ポジションを行い、レイキを送りました。ヘッド、フロント、バックと進めた後で、子宮の位置にあたるところに重点的に手をあててあげました(第2シンボルは、直観的に私と合わないような気がしたので省略しました)。 この間姉のほうは、同時に放射線治療を受けていたんですが、あとでお見舞いにいって聞いたところによれば、「すごく放射線が効きやすくて、(ガン細胞)がポロポロ落ちてますよ」と言われたとか−。二週間程度で手術可能な状態になり執刀。その三か月後、無事に退院しました。 退院の時には、ひとつ気掛かりなことがありました。退院直前に撮ったレントゲンで、子宮の少し上のあたりに、小さな黒い影が出ていたんです。ところが一ヵ月後に再び検査入院のためレントゲンを撮ったところ、その影は消えていました。私からしてみれば、その間もずっと毎日欠かさず遠隔ヒーリングを続けていましたから、それが功を奏したのだと思っています。姉への遠隔は今でも毎日続けています。 ■生命エネルギー重視のライフスタイルを築きたい この他にも、ちょっとした嬉しいことが続くようになりました。私は経理の仕事をしているんですが、レイキセミナーから戻った二日後に、得意先の都合で中断していた仕事が二件、ほとんど私の側が手を下すことなく、スムーズにポンポンと片づいてしまいました。それと、会社でも「名うて」の“ぶっきらぼう”として定評のあった同僚が、私に対してだけにこやかに話かけてきたり、何かと仕事の融通をきかせてくれるようになったんです。初めは面食らいましたが、レイキ以外、原因は思い浮かびませんので、これも円滑現象の一種に違いないと思っています。 レイキと出会ったことで、今までの経験から「人生に急激な変化はあり得ない」と思っていたのが、いい意味で覆され、自分の思い描いていた世界と急接近することができました。すぐにヒーラーになりたいという気持ちはありませんが、今後も積極的にヒーリング能力に磨きをかけ、「生命エネルギー」の充実に比重を置いたライフスタイルを築いてゆきたいと考えています。⇒次はセルフヒーリングの方法 |